2008年08月02日

大佛次郎の娘さんも一緒に鑑賞した『霧笛』 -横浜黄金町映画祭

横浜黄金町映画祭及川道子、井上雪子
名画座シネマ・ジャック&ベティで行われた横浜黄金町映画祭に参加。1930年代のサイレント名画の『港の日本娘』と『霧笛』を鑑賞。

港の日本娘
清水宏の『港の日本娘』は以前にも観ているけど、今回は活弁付きの上映とあって(ビデオやDVDでしか活弁を体験した事が無かったので…)とても楽しみにしていたのだ。
映画史研究家丸岡澄夫氏による活弁は氏が横浜在住で実景シーンが出るたびに「ここは伊勢佐木町の有隣堂とノザワ屋(現松坂屋)の前です。」とか「この原っぱは後の港の見える丘公園の場所です」などと細かく注釈を入れながらの活弁が楽しくて、以前『港の日本娘』を鑑賞した時には確信がもてなかったロケーション場所が「ああ、やっぱりそうか」と納得したり、「ええ?そうなの」などと教えられたりしてとても勉強になった。

霧笛
今回の一番の目当ては村田実監督の『霧笛』
村田実といえば、映画監督としては溝口健二の兄貴分と言える人物で残念ながら44歳の若さで亡くなり、トーキーを撮る事はなかったのだけど、後年、サイレント期のスターだった中野英治が「村田実が生きていたら溝口健二などメじゃない」と述べているし、新藤兼人監督も「もっと村田実は評価されていい」と語ってるのを聞いていたので、そんなにスゴイ監督なら是非観てみたいと常々思っていたのでついに観られるかと思うと嬉しくてしょうがない。
溝口健二自身の弁によると当時、村田実が男性モノで上手くいってたから二人いてもしょうがないという事で自分は女性モノを撮るようになったらしい。

この『霧笛』は大佛次郎原作で開港当時の横浜を舞台にした男と女の物語。私の座っていた座席の2、3席隣りには大佛次郎の養女の野尻政子さんと大佛次郎研究会の方もいらしていて、上映前の挨拶で『霧笛』の「登場人物のモデルとなった方はホテルニューグランドのバーテンダーをなさっていた方で酔っ払った大男の水兵を投げ飛ばしたりするほど強い人でした」などエピソードを語っていた。

映画自体は乱闘シーンなどちょっとしたアクションもあるし、カットがものすごく細かいし、繋ぎの上手さとテンポの良さで心地よいリズムで話が展開していく。そして明治初期の横浜外国人居留地の風情がリアルに再現されていてサイレントであるのを忘れてしまいそうになるし、まるで台詞が聞えてくるような錯覚を覚えるほど真に迫ってくる演出。ものすごいぞ村田実!

とにもかくにも、期待に違わぬ監督振りで村田実の作品を観れたのは大きい収穫だった。

2008年07月30日

映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』

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観てから少し時間が経ってしまったが、一応感想など。

観る前から世間では賛否両論だったので、“過度な期待は禁物”と用心していたのが功を奏してインディ最新作をそれなりに楽しむ事が出来た。ただ一緒に観ていた友人は憤怒していたが…

なんだかんだ言っても、この手の冒険活劇のスピルバーグの演出の上手さはさすがで、随所にスピルバーグらしいと言うべきかインディ・シリーズらしいカットの連続でコアなオールドファンには嬉しくてたまらない。流れる様なカッティングと編集は特に大学キャンパス内のカーチェイス・シーンはまさにスピルバーグならではで個人的には、そのシーンでようやくインディ・ジョーンズを観ているという実感が湧いてきた程だ。
全体的に観ればそれほど大仕掛けのシーンではないけどこういう古典的なアクションシーンの演出の確かさにスピルバーグの真骨頂があるように思う。

ハリソン・フォードにはさすがにブランクを感じずにはいられないが、それでも健在ぶりはまだまだアピール出来てたし、『レイダース 失われたアーク』以来の出演となったカレン・アレンも腰回りがちょっとボリューム・アップしてたけどそれ以外はあまり変わっていなくてこちらも嬉しい再会。今は亡きデンホルム・エリオットも写真と銅像(中オチに使われている)で登場したのも懐かしさを誘う演出でマル。

ところで、この作品に関して賛否両論というのは間違いなくクライマックス部分のオチにある訳だが、ああいった(ネタバレになるので詳しくは書かないけど)方向に展開を持っていかなければならないのか?(ルーカス、スピ、ハリソンをもってしてもハリウッド的大風呂敷の習慣に流されてしまう)個人的な感想としては賛否の否の側だけど、スピが『未知との遭遇』、『E.T』、『宇宙大戦争』の監督である事を思い出せば、然もあらん事かなと妙に納得させてしまう様な歪さをも魅力の一つとして飲み込んでしまう程、このシリーズはバケモノ・シリーズになってしまったという事。『ハムナプトラ』なんか目じゃないというところだろうな。

2008年06月16日

新文芸坐

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ちょっと前だけど池袋の新文芸坐にて行われている「日本映画のヒロインVol.2香川京子」で成瀬巳喜男作品の『杏っ子』『驟雨』を鑑賞した。

久しぶりの池袋だったがいつ行ってもローカルな匂いを漂わせている街並みが何ともいい感じ。

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数日前、朝起きてみると声が出ないのでビックリ。他に身体の調子はまったく悪くないので不思議に思っていたらノドがだんだんいがらっぽくなりどうやら炎症を起こしているらしかった。

その夜は久しぶりの友人3人と呑む約束をしていたのでなんとなく断りにくく、その場で事情を説明、少しセーブしようと思っていたが、結局はいつもの調子で喋り続けの呑み続け。帰宅する頃にはすっかり声が潰れていた(苦笑)

友人に「俺もちょっと前、同じ症状にあったよ、オフィスでもみんななってるよ、インフルエンザじゃないけど、風邪だよ」との事だった。こんな事は初めてだ…声が出せないというのはなんと不便な事か。

2008年05月03日

巨匠清水宏の復権

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ようやくDVD化された清水宏監督の松竹時代の作品集。
今回DVD化された3作品+ボックスの特典ディスクにも収録されたサイレント時代の作品『港の日本女』や『小原庄助さん』、『花形選手』等々、 数本しか清水宏の作品は観れていないけど、まさに天才的な監督だ。

独特なキャメラアングルが映し出す牧歌的な風情とどこまでも自然体のお芝居。今風に表現する と“下手ウマ”の極みで、演出をしないのが演出と言わんばかりにキャメラも覗かない、演技も付けない、編集もしない。撮りっぱなしで後は助監督まかせ。そんないい加減とも思える仕事振りも仕上がってみれば誰がどう見ても清水宏の刻印入り作品。まさにゴーマニスト清水の真骨頂。

こんなシャシンは逆立ちしても小津や溝口には撮れない。もちろん、それぞれの個性が違うのだから当たり前ではないか!と言われれば、その通りなのだが、小津や溝口が評するところの清水宏の“変態ぶり”…もとい!“天才ぶり”はそんなレベルの話ではないのだ。

清水宏を“オヤジ”と呼び慕った笠智衆の有名な言葉「清水のオヤジが忘れられてるのは納得いかない。」
まったくその通りだ。『按摩と女』の完全リメイクの石井克人監督、SMAP草彅剛主演の映画『山のあなた〜徳市の恋〜』経由でも良いから“忘れられた巨匠”清水宏が復権する事を期待したい。

2008年04月27日

香川京子×周防正行トークショー&サイン会

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青山ブックセンター本店で行われた『愛すればこそ』(毎日新聞社)刊行記念香川京子×周防正行トークショー&サイン会 「女優の眼、監督の眼」に行ってきた。

もう殆んど、かぶりつきの様な状態で観る事が出来て本当に感動的というか感激だ。なんせ黒澤明、溝口健二、小津安二郎、清水宏、成瀬巳喜男、と挙げればキリがない程の日本映画界屈指の巨匠達の作品に数多く出演し、そのどれもが傑作揃い。今なおも最新作の公開を秋に控えている第一線の映画女優の貴重な経験話を真近で拝聴出来るワケだから感動しないワケがない。「東京物語」の京子ちゃんが、「山椒大夫」の安寿が、そして「どん底」のおかよ坊がそこにいるのだからね。

周防正行氏も監督としての立場から現在の映画製作現場と昔の撮影所システム全盛期や演出方法の違いについて語っておられ香川さんとの丁寧なやり取りが繰り広げられた、あっという間の1時間半。

最後はシッカリとサインもして頂いて大満足な土曜の夜だった。

スケジュールの都合がつけば新文芸坐でのトークショーにも行きたいなぁ。

2008年04月12日

映画『叛乱』

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前々から観たいと思っていた映画『叛乱』を鑑賞した。

この作品は佐分利信が監督で数ある2.26事変を題材とした作品の中でも傑作の部類。 ただ、佐分利信が監督したと言っても撮影中、病で倒れ監督降板となってしまい作品全体の4分の1しか撮っていない。残りは阿部豊が応援監督として撮り上げたので事実上は阿部豊監督作品と言ってしまった方がシックリくるかも。それでもクレジットではあくまでも佐分利信監督作品となっているのは、中抜き無しの順撮り主義の佐分利テイストを阿部が違和感なく引き継いでいるからなのだろう…そういう意味ではこの作品はやはり立派な佐分利作品といえるのかも。 

決起した若手将校達の想いは真っ直ぐで純粋。当時の腐敗堕落した政府重鎮を嘆き、これを正し貧困に喘ぐ農村の民を救うには我々が立つしかないと信じる。しかし、彼らはあまりにウブでナイーブ。場当り的で無計画に過ぎ、あげくには「天照大神の御心のままに」と神頼みの出たとこ勝負に自分達の命運を賭けてしまう。もう殆んど三流の博徒並みの下手打ちだ。勝負する前から勝負はついてる。そんな彼等の純粋で崇高な主張も彼等自身の人格的未熟さから信頼していた上官からも裏切られ、味方になってくれると信じた国民にも受け入れられず、陸軍の権力闘争に利用される始末。そしてダメ押しは天皇に叛く逆賊の徒の烙印を捺されてしまう。

そんな若手青年将校を中心に描きながらも決して彼等の皇道に同情的にも批判的でもなく、淡々と見つめている佐分利の眼差しはなかなか渋い。監督としても評価が高かったようだが…納得。

この作品で一つだけ残念なのは監督の佐分利信が降板するまで西田税役で出演も兼ねていたのが幻の出演になってしまったことだ。 観てみたかったな、佐分利の西田税。

2008年03月09日

映画『アメリカン・ギャングスター』

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リドリー・スコットはビジュアリストからストーリーテラーへ昇華したようだ。ここ数年の間の彼の監督作を観ると明らかに映像の語り口が変わっている。別に否定的に捉えているワケではなく客観的な事実として。彼は映像のもう魔術師ではない?!否、そんな事はないと思うが、これまでと明らかに画に対しての執着心が違う。ストーリー展開と心理描写に重点を置いて映像美は二の次なのだ。

この「アメリカン・ギャングスター」にもその傾向がはっきり見てとれる。話の紡ぎ方が流れるように上手くこれまでリドリー・スコットというと「映像は比類ないけど、ストーリーが弱い」という弱点を完全に克服していて演出に自信が漲っている。それが証拠に「ブラック・レイン」辺りまでに見られた描写の不安定さが10年間位の迷走期を経てすっかり消え去り、「グラディエーター」以降、今日では最も安定感のある監督の仲間入りを果たしている。今度製作されるリドリーの新作でもラッセル・クロウが出演するらしいが、あのブヨブヨのオージーはリドリーにとって福男なのだろう。

今作品においてはデンゼル・ワシントンとラッセル・クロウという2人の演技巧者に依るところも大きいと思うが、堂々とした演出に風格すら感じさせ監督として完成しつつある事を強く感じた映画だった。

ノン・フィクションをベースにした作品としてはシドニー・ルメット監督、アル・パチーノ主演の「セルピコ」が思い出されるところだが、この「アメリカン・ギャングスター」も負けずとも劣らない優れた作品だと思う。

2008年03月02日

『黒澤明生誕100年プロジェクト』に期待する事は

2010年に生誕100年を迎える黒澤明のプロジェクト「AK(アキラクロサワ)100プロジェクト」が始動したとのいうニュース。

Variety Japan
ベール脱いだ黒澤明生誕100年プロジェクト

先んじては今秋にアメリカで開催される映画芸術科学アカデミー主催の上映会「AKIRA KUROSAWA Exhibition」が行われるらしくAK(アキラクロサワ)100プロジェクトが全面協力するとの事。 「AK(アキラクロサワ)100プロジェクト」には黒澤久雄氏、黒澤和子氏、三船史郎氏、野上照代氏、そして香川京子氏もこのプロジェクトに参加しているらしくとても喜ばしいというか嬉しい事。
やっぱりねぇ~山田五十鈴、久我美子、原節子、等々黒澤作品に出演した女優陣の中でも最多5作品に出演し、今も尚現役の女優として活躍されている香川さんをこのプロジェクトから欠く事なんて考えられないもんなー。

まぁ、これからの2年間はアート面でもビジネス面でも何かと黒澤関連の企画が出て盛り上げるようだけど、やはりもっとも期待したい事は野上照代氏も事あるごとに方々で言っている黒澤明の『トラ・トラ・トラ』監督降板するまでに撮り終えたフィルム(フォックスに保管されているハズとされている)その幻のフィルムの公開とあまりに尺が長すぎるとの理由から当時東宝に大幅カット編集を要求され激怒した黒澤が「フィルムを縦にカットする!」と言い放った『白痴』の完全版の公開。やはりこの二つは黒澤明の偉業を完成させる上で欠かせない事業だ。ハッキリ言ってこのAK(アキラクロサワ)100プロジェクトの意義はそこにあると言っても過言ではないのだから是非この事は達成してもらいたいと思う。

2008年02月12日

映画『母べえ』

黒澤明のファンにお馴染みの野上照代女史の原作を吉永小百合主演で山田洋次が映画化したという事でちょっと興味があったので鑑賞してきた。

う~んいざ始まってみると、カット割りが平凡で切り返しも工夫がなくて細かい箇所が気になり中々話に集中し辛かった。その為かどうか、‘普通の戦時中の苦しかったどこにでもあるお話’という程度に留まってしまっていて母べえの個性が際立ちにくくあまり活きてないし、思想犯として捕らわれてしまった父べえの苦悩と苦労が走馬灯の様にサラサラッと流れてしまう。もっともっと当時の苦しさや世知辛さが表現出来るハズの山田洋次監督なだけにすっかり丸くなってしまったのねぇ…と残念に思わずにはいられない。
それでも印象的なカットもある。ジメジメと薄暗く不衛生極まりないタコ部屋状態の牢獄に押し込められている苦痛に満ちた表情の父べえの寄りからキャメラがスーッと引いていくと牢獄部屋の様子があらわになり、ギュウギュウ詰めの状態である事が分かると同時にキャメラは右横にパンし小窓を映し出す。その小窓からは晴れ晴れした青空と真っ白い雲がゆーっくりと流れている。天国と地獄のコントラストがよく表れている。それと浅野忠信扮する山ちゃんが乗っている軍の輸送船の船内シーンも美術とか特効含めて良く出来たシーンだと思う。

父べえ(坂東三津五郎)の妹役の檀れいは結構私も好きなタイプの女優さんで「武士の一文」に引き続いての山田組だから(「武士の一文」は未見)どんな芝居をするのかと期待していたけどあんまり上手くいってない。展開するにつれて良くなっていくのだけど、前半の彼女は良くない。彼女の憧れの木暮実千代には遠い感じ。浅野忠信はまぁまぁ上手くいっているけどそれでも、もっと上手く演じられたと思う。一番自然で上手かったのは初べえの志田未来と照べえの佐藤みくの女の子二人。

戦争を知らない世代の若者に見てもらいたいと思うのならもっとえぐらないと伝わらないのではないかな。どうしても「これ位でいいか…」という感じで撮ったような印象がぬぐえない。ひょっとして『武士の一文』もこんな感じだったのだろうか?
まぁ、色々言ったけどこれは山田作品に対する期待値が他の監督よりも高い為に辛くなるワケで決して駄作という事ではないので普通の期待には充分応えている作品だと思う。大体がこの水準の豪華オープンセットで考証もしっかり映画製作出来る監督は今や山田洋次しかいない。(山田洋次しかいない事が悲しい事だけど)
違う観方をすると吉永小百合は疲れた感じであっても“吉永小百合”としての美しさをスクリーンで魅せてくれるし、得意の泳ぎを披露するというサユリスト必見のシーンまであり、まさに吉永小百合の魅力満載な映画だ。

2008年01月31日

市川崑の『日本橋』ではねぇ…

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泉鏡花原作、市川崑監督作品の『日本橋』

いわゆる鏡花モノと言われているものだけど、この「日本橋」といえば戦前のサイレントで溝口健二が作っており、事あるごとに淀長さんがこの溝口作品の『日本橋』を絶賛している。もちろん小生も観てみたくてしょうがないのだが、この溝口版は多くの溝口作品同様、フィルムが消失していて観る事が現在出来ない。
う~むむ…この“観たい衝動”をどこへぶつければ良いのだ!と思いつつとりあえず市川版「日本橋」にぶつけてみる事にした。ただ市川崑なのがもの凄く気になったが…
市川崑の作品は好きな作品も幾つかあるし今日では日本映画界最後の大御所なのだけどどうも作風があまり好きではない。人間の描き方に対しての追い込みが甘くなるしちょっと狙いすぎのカットが気になってしまいどうも本筋から気が散ってしまう事が多々ある。

とりあえず鑑賞してみると、ああ、やはりいけない…もったいぶった演出、男と別れて狂ってしまう淡島千景演じるお孝の悲しさが充分に出ていないし、山本富士子の美しさも充分に表現されているとは言いがたい。そのうえこの映画は前編セット撮影なので日本橋が舞台だというのに充分に世界観が伝わってこない。永田雅一が製作なんだから潤沢な製作費でオープンセット建てて撮れば鏡花のエロティシズムと市川崑のロマンティシズムが交わってもっとよい作品になったと思うのだけど。

やはりこうなると溝口健二の『日本橋』がどこからか偶然にでも発見される奇跡を願うしかない。本当に本当にどこにも無いのかなぁ~。

2008年01月25日

まんまるお月様と「晩春」

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帰り掛けに見かけたお月様。久しぶりに見事な橙色だ、ちょっと怖いくらい輝いている…


最近、溝口健二の凄さを再認識してからすっかり溝口ワールドにドップリと浸かっている状態が続いているのだが、そんな中、「もう一度ちゃんと日本映画の名作を見直したりして映画を勉強し直そう」などと自分に言い訳しながらちょこちょこ鑑賞している。

この前は映像学時代以来となる小津安二郎の「晩春」を鑑賞。この作品は鑑賞当時、あのセクシャルな親子関係が受け付けなくてどちらかというと不快な作品という位置付けだったのだが、十数年経って改めて観ると不思議とその近親相姦的なある種のタブーを連想させる小津の考えというものが、なんとなく意図として理解出来た様な気がしてとっても好きな作品になった。単に家族内の出来事を描いているだけではなく、人間の本質的なエゴを冷徹に眺め描いている。その意味で小津のするどい批判精神が素晴らしく発揮されてる作品で今更ながら名作であることに感動。やはり映画はストーリー運びなどに振り回されるものではなく1カット1カットを大切に観るものなのだ。

この「晩春」に長い間付いて回る近親相姦議論についても“壷”カットに関しての問題でも、今だ小津研究家の間では明確な結論は出ていないようだけど、個人的にはタブーに触れるという無意識下の意識として小津監督の中にはあったと思う。

素晴らしい映画だ。

2008年01月16日

古雑誌・アサヒグラフ増刊

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神保町の矢口書店で購入したアサヒグラフの増刊「追悼・三船敏郎」と「追悼・黒澤明」それと都築政昭著「天国と地獄 ドキュメント・憤怒のサスペンス」

アサヒグラフの方は発売当時に買いそびれたまま存在自体を忘れ去っていたものだけに、発見した時にもの凄くテンションが上がってしまい即購入。「追悼・三船敏郎」、「追悼・黒澤明」共にスチール写真やスナップ写真が充実していてファンには嬉しい内容になってる上に「追悼・三船~」の方では香川京子さんによる追悼記事が載っていてさらに大満足な買い物となった。

都築政昭著「天国と地獄 ドキュメント・憤怒のサスペンス」もやはりいつか「読まねば…」と思っていたところだったので合わせて購入。あの有名な特急こだまでの“身代金受け渡し”撮影が、全車両貸切の一発撮りだったためスタッフ・キャスト共に異常なテンションの雰囲気だった…などなど詳細に書かれて制作現場の熱気が伝わってくる。昔、この撮影で使った吉田カバン特注による身代金を入れたカバン小道具を拝見した事があるけど、その事も思い出しながら読んでいるとちょっと感動的な気分。

2008年01月09日

溝口健二

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溝口健二の作品に助監督として関わっていた新藤兼人が溝口健二の人生を追っかけながら、その人物像と作品の本質に迫るべく制作された1975年公開のドキュメント映画作品「ある映画監督の生涯」を観た。

この映画の監督である新藤自身がインタビュアー&ナレーションも自ら努めているのが、溝口健二を崇拝している新藤監督だけに溝口健二の複雑な人間性の闇の部分に関して切り込み方が甘くなるというか客観性が弱く好意的に解釈してしまうのがやや鼻に付く。もっとも、このドキュメントは偉大なミゾグチ作品を作り上げた偉大な映画監督“溝口健二”を讃える為に制作されたようなものだから無理もないんだけど…それにしても、溝口との確執があった女優入江たか子に対するインタビューや溝口が惚れていたとされる田中絹代に対してのインタビューでも幾分か思い込み解釈と押し付けがましさが感じられてしまう。入江も田中もスッとかわしているのだが、単刀直入に訊かずもっとシャープに切り込んでいけばもっと強く違う表情が引き出せていたのでは?と観ていて幾分か消化不良になる。
それでも山田五十鈴や京マチコ、木暮実千代、進藤英太郎、浦辺粂子、等々溝口作品に欠かせない出演者や新藤と同じくのちに映画監督になった増村保造や大映社長だった永田雅一など溝口が映画監督になる前の日活時代を含め彼を良く知る大勢の関係者の証言など今では大変貴重な映像として記録されている事はとても価値が高く溝口作品のファンならぜひ観ておくべき資料ではないだろうか。

高校時代~映像学校時代も個人的には黒澤明に傾倒していたし、小津安二郎の映画にも親しんでいたのでそれなりな事は知っていたが、溝口健二については純粋に作品についての事以外はあまり知らなかったので、そういう意味ではたいへん興味深かったし勉強になった。
この作品鑑賞後、久しぶりに『雨月物語』『山椒大夫』と鑑賞したが観る度に涙が込み上がってきてしまう。真に日本的な美しさを持った素晴らしい映画だ。

2007年12月27日

映画『赤い鯨と白い蛇』と香川京子さん

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映画『赤い鯨と白い蛇』

香川京子さんの40数年ぶりの主演映画という事で観たが、作品の感想はというと香川さん、樹木希林 、浅田美代子、宮地真緒、坂野真理ら5世代にわたる女性の生き方を香川さん演じる主人公の戦争の記憶を軸にして~というストーリー展開の為、かえってそれぞれの女性の心の葛藤が薄くなり作品を通して伝えたかったテーマの訴求性を弱めてしまっているのが残念。いっその事、香川さん演じる主人公だけをじっくり描いても良かったではないかと思う。バランスよくそれぞれを描こうとするあまり単に淡々とした作品になってしまっている様な気がする。
たぶんこの作品のテーマを「さまざまな世代の人に“フワっと”でいいから感じてもらえればそれで良い」というような監督の控えめな意図が逆にあったのかもしれないけど。

それにしても香川さんは幾つになっても素晴らしい。好きな女優は色々いるけど、やはり最も好きな女優なのは変わらないな。 溝口、黒澤、小津、成瀬、等々、日本映画黄金期の巨匠の名作に数多く出演しているけど、久しぶりに観た溝口の『近松物語』のおさん役なんてホント何度観てもウットリしてしまう美しさだし、『東京物語』での京子役や黒澤の『天国と地獄』『悪い奴ほどよく眠る』で演じた三船敏郎の妻役なんかも決して出演シーンはそれほど多くないけどすごく良い。
個人的には黒澤の『どん底』での山田五十鈴の可哀想な妹役が一番印象的で好きだけど、お年を召してからも凛とした清潔感のある女性というイメージはまったく変わらない稀有な女優さんだ。
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2007年12月09日

ヘッドライトが絞死刑と大島渚の『絞死刑』

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ああ、やっちまった…あるところで駐輪しておいたら強風で倒れていたので起こそうとしたが、起こすときに横着してガードレールとmetroに括り付けていたチェーンでググッと引張り起こしたら「コキッ!」とイヤな音がするではないか?ふと覗き込むと絡まっていたヘッドライトを支えている首が虚しくブラ~ン、もう完全に絞死刑状態で情けないお姿に…トホホ。 と、いう事でいっその事、ライトを電池式のモノに交換しようかとも思ったのだが、せっかくハブダイナモつけてるワケだから勿体ないと考え直し(電池式は電池交換が頻繁で電池代も馬鹿にならないので)壊したモノと同じライトを取り寄せで付け直した。アンティークな趣のあるヘッドライトのデザインは結構気に入っていたので、付け直した時はやはり嬉しかったが何とも無駄な出費となってしまった。

そう、絞死刑と言えば大島渚の傑作に『絞死刑』という映画があるのだけど、もう大分前に一回観たっきりなのでもう一度ちゃんと観てみたいと思っているのだが、私の通っているツタヤではレンタルされていない。「ん~DVD買えば?」という声も外野から聞えてきそうなのだが…そこまでは…あ~でも観たい。佐藤慶のナレーションが良いんだよなぁ…淡々としてて。

2007年11月18日

『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』

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今年はイザベル・ユペールの作品展があったり、ブレッソンのお台場や国立での写真展、メディアでの盛り上げなどで、いつになくブレッソン熱が高まっていた年だった思う。
ブレッソンは好きな写真家だけど尊敬しているのはキャパ。「ブレッソンを好き」なんて口にするのはナイーブな私には正直赤面モノのだが(好き嫌いで論じるレベルの写真家じゃないので)それでも他に表現する言葉が見つからないので陳腐この上ないが、やはり“好き”と言ってしまう。一昔前に“リドリー・スコット好き”と、のたまうのが流行ったのと同じだ。私も久しく言うのを躊躇っていたが、当のリドリーが落ちぶれてきたので(リドリー・スコットは今でも大活躍なのだが、映像作家としてのピークは越えたという意)天邪鬼な性格上、今は声を大に言っている。

ドキュメンタリー映画である『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』ではブレッソン本人、イザベル・ユペールやアーサー・ミラー等々、ブレッソンと親交のあった人物によるインタビューなどでブレッソンの足跡を辿っているが、ブレッソンの捉える決定的瞬間というものがどのように切り取られるのか大変興味深く語られている。ブレッソンが故人となった今となってはブレッソンという写真家を知る上で肉声はとても貴重なものだ。

キャパはあくまで被写体そのものに関心があったのに比べてブレッソンの関心はあくまでファインダーから見える範囲に限定されている。もっと言えばファインダーと被写体の調和が全てなのだ。この『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』でその事がちゃんと語られているのでこの作品を観ればブレッソンをちゃんと理解する事が出来るし、これまで以上に彼と彼の写真が好きになる事間違いなしだ。


来月からはいよいよ『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』が公開されるし。

2007年11月12日

傑作選映画『拝啓天皇陛下様』

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タイトルからすると“軍国モノ”“戦争モノ”映画の類かと思ってしまうだろうが、渥美清主演なので立派な喜劇作品。社会風刺もちゃんと織りこみつつ純朴で愚直な男とそれを取り巻く人間模様を時に温かくユーモラスに描いていて、改めて観直してみるととても良い作品である事が良く分かった。なにしろ以前に観たといっても子供の頃にテレビ放送で観たという記憶があるだけだったし…
主演の渥美清はもちろんだけど、その他出演者の長門裕之も中々上手いし、加藤嘉、桂小金治、中村メイコ等々、持ち味を出していて観ていて心地よい。そして何より印象的だったのは藤山寛美のお芝居だ。決して笑わせようとせず自然なお芝居で渥美清の芝居を受けているのだけどこれが結構グッとくるお芝居なのだ。流石といった感じ。それにしても藤山寛美は見れば見るほど英国の俳優・監督のリチャード・アッテンボローにソックリだな…(苦笑)
兎に角、この映画は渥美清ファンのみならず映画好きなら是非観ておくべき日本映画の傑作のひとつだと思う。


幼少の頃、近くの松竹大船撮影所で何度か「男はつらいよ」撮影中の渥美清や寅さん印のピンクの(確か)トレーラーなどを目撃した事があり、母校の先輩が山田洋次作品で主演を果たしている事もあって山田洋次監督には少なからず親近感を抱いているのだけど、やはり「山田洋次監督の罪は結構深いなぁ…」と改めて思わざる得ない。渥美清の円熟期を“寅さん”だけで終わらせてしまった事が…。それくらい渥美清は偉大な俳優だったという事なんだな。

2007年10月21日

映画『グッド・シェパード』

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ひと頃良く聴いたピアフの伝記的映画、『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』を観るつもりだったが、今の私の気分にエディット・ピアフがマッチしてない事もあり、ロバート・デ・ニーロ監督作品の『グッド・シェパード』の方を観た。

デ・ニーロの演出は思っていたよりはるかに巧みで複雑なプロットを上手くコントロールしている。オーソドックスで抑制の効いた俳優陣の演技、優雅で堂々としていているカメラワークは特に素晴らしい。リズムとテンションを一定に保ちながらスムーズに流れる編集も秀逸。
マット・デイモンはじめアンジェリーナ・ジョリー、ウィリアム・ハート、映画『トランスフォーマー』とは180度違う演技を披露するジョン・タトゥーロ等、出演陣も決して過剰演技にはならずナチュラルな演技できちんと抑揚をつけていて今更ながら上手い。

この作品は、大学時代に軍にスカウトされ第二次大戦時の戦略事務局(OSS)で諜報作戦に従事し、戦後、OSSの延長線上のアメリカ中央情報局(CIA)の創設と冷戦中の諜報作戦に携わり国家に忠誠を尽くした男とその犠牲になった家族との物語で上映時間2時間40分と中々長尺の作品で、けっして『007シリーズ』やマット主演の『ボーン・スプレマシー』のような派手なアクションや見せ場といったシーンは出てこないが、諜報作戦にまつわるエピソードなどは事実かつ徹底的にリアルに描いているので泥臭い話や歴史の裏話が好きな人には、観ごたえある映画だと思う。

2007年09月14日

映画『ディパーテッド』

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もうダメなのだろうか?もうスコセッシの新しい傑作を観る事は我々には出来ないのだろうか…

私より先にこの作品を観た友人から「インファナル・アフェアの方が面白い。」と言われたのでその言葉を確かめる為にDVD鑑賞した。レンタル屋でレンタルする時一応、“観るんじゃなかった保険”として同じスコセッシの傑作である『カジノ』も借りておいた。
並みのハリウッド映画よりはそれなりに面白いと思う。だけどアカデミー作品賞はじめ、部門賞を総なめにする程の作品では到底ない。どうもディカプリオと組み始めてからスコセッシの腕が冴えない。別にディカプリオが悪いというつもりはないけど、ディカプリオの様なハリウッドのスター・システムのど真ん中にいる俳優と組んで傑作をつくる事の限界をまざまざと見せつけられている様な気がしてならない。『ギャング・オブ・ニューヨーク』然り『アビエイター』然り。脚本は結構粗いし、カメラワークにキレがない。テンポは悪くないけど、演技は大した事ない。ジャック・ニコルソンは相変わらずオーバーだし、ディカプリオもマット・デイモンも普通。結構良かったのはマーク・ウォールバーグくらい。なんともお寒い現実だ。


保険として借りておいた『カジノ』を久しぶりに鑑賞したが、何度観ても引き込まれる中々の作品で、『グッドフェローズ』程ではないにしろ、やはり傑作といっていいだろう。それにしてもスコセッシはやはり『グッドフェローズ』でアカデミー賞取っておくべきだったろうな、とつくづく思う。(自分で受賞を決められるワケじゃないから無理な話だけど…)

2007年08月28日

名画座

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めずらしく名画座のシネマジャック&ベティから映画のチラシが三枚投函されていた。
一枚目はリサ・モリモト監督&プロデュースのドキュメント映画『特攻TOKYO』、二枚目はやはりドキュメンタリー作品の『ひめゆり』。個人的には『特攻TOKYO』はちょっと興味がある。そういえば監督が来日して作品が特集されてたのをニュース番組で見たっけな。
そして三枚目は上の画像のドド~ンと『石原裕次郎特集』のチラシ。う~ん、カッコイイねぇ、太陽族。
この前に由比ガ浜などに行ったりしたのもあって少しベクトルが海に向かっている。「葉山にでも引っ込もうかな」なんて冗談まじりに思ったりもする。
『石原裕次郎特集』は8作品を2本立てに分けて上映するらしい。私は裕次郎の映画は半分以上は観ているのだけど、「黒い海峡」「帰らざる波止場」は未鑑賞なので、この二作品はちょっと惹かれる。特に「帰らざる波止場」には志村喬が出演していて石原裕次郎と共演していたなんて今まで知らなかったものだから、なおさら惹かれてしまった。う~んどうしよう。うまく都合付けばよいが…

2007年08月20日

夏の終わりと『オーシャンズ13』

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予てから予定していた『オーシャンズ13』を観た。
んまぁ、傑作を期待するような作品ではないので、ダイ・ハード4.0の時もそうだったけど感想は特に無し。前作の「12」よりちゃんと作っているし、アル・パチーノとエレン・バーキンは改めて言うまでもなく良い。こう暑い日が続くとこれくらいの娯楽作が丁度良い。


その後は友人と夏の終わりに浸るべく鎌倉・江ノ島へ。
それにしても鎌倉は思っていたより人が少なかったとはいえ、いつからあんなガヤガヤとした感じになったのだろうか?と思わずにはいられない。それを言ったら横浜も同じだけど、風情もへったくれもなくウザイ。ちょいとミルクホールでお茶したりしてさらに夕暮れの江ノ島付近まで行き食事。車中、友人の80's中心の選曲をBGMに盛り上がるも私の頭の中はサザンの『さよならのベイビー』がグル~グル~。夏の終わりのサザンの曲と言えば私は「さよならベイビー」しかない。もっと評価されても良い名曲だと思うんだけどなぁ~。

2007年08月05日

映画トランスフォーマー(ネタバレ注意)

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気晴らしに映画トランスフォーマーを鑑賞。
スピルバーグが製作総指揮をし、私が今最も嫌悪してやまないマイケル・ベイが監督しているのだが、要所要所のツボを心得ていて予想以上に面白い作品だった。(スピルバーグの手腕が大きいのかも)いずれにしても、マイケル・ベイの個性がいかに気にいらなくとも、監督としての才能は認めざるをえないという事か…この手のハリウッドのSF超大作モノというのは、大味なモノと相場は決まっていて、ハリウッドでそこそこキャリアのある監督ならだいたい誰でも無難に作れる製作システムになっている訳だけど、このマイケル・ベイの凄いところは、自分の美意識を手掛ける作品の中にまったく投影させずに娯楽至上主義に徹せられるところだろう。或いはそれこそが彼の美意識なのかもしれないが…まぁ、アーティストタイプではなく、往年のリチャード・ドナーのような職人タイプなのだな。
書くまでもなくストーリーは超B級の勧善懲悪モノだし、登場人物も典型的なステレオキャラのオンパレードだが、意外な出演で驚いたジョン・タトゥーロが作品にリズムを与えているし、キル・ビルのオマージュがあったりマイケル・ベイ作品のセルフ・パロディ的台詞があったりと、思ってた以上に遊んでいて驚いた。ただ、日本人の私には最初は金属生命体と称するロボットが生きている事に違和感を覚えずにはいられないのだけど、絵空事なので黙認範囲。トランスフォームする際のCGなんてかなりのモノで超時空要塞マクロスの実写版を観ているような感じがした。

2007年05月26日

傑作選映画 『ガルシアの首』

ガルシアの首
ちょっと前にテキーラの事を書いたが、テキーラと言えばメキシコ。メキシコと言えば映画「サボテン・ブラザース」。…ではなく「ガルシアの首」だろう。「ガルシアの首」とは72年公開の映画で巨匠サム・ペキンパー監督の言わずと知れた傑作の一本。
あらすじはウィキから引用させて頂く。

メキシコの大富豪、エル・イエフェの愛娘テレサが妊娠した。エルは一向に父親の名前を言おうとしないテレサを拷問にかけ、その口から『アルフレド・ガルシア』という名前を聞き出す。彼は自分の娘を孕ませたガルシアを捕らえた者に、その生死に関わらず100万ドルの賞金を与えると宣言する。しがないピアノ弾きのベニーはどん底の暮らしから抜け出すため、情婦のエリータと共に、既に事故で死んでしまったというガルシアの遺体を求めて彼の故郷へ向かう。途中で凶悪な暴漢に遭遇するなど紆余曲折の末にようやく辿りついた故郷の街。そこの墓地でベニーは彼の遺体を掘り起こし、その首を切り取ろうとする。それも束の間、ベニーは背後から殴られて気絶する。気が付けば、エリータは無残にも殺され、首は何者かに奪われてしまっていた。愛する者を失った悲しみと怒りに打ち震え、ベニーはガルシアの首を奪い返そうと決意する…。

何度観ても理屈抜きに燃えるねぇ、この作品は。主演のウォーレン・オーツの“男の意地”がもうシビれずにはいられない。

2007年05月03日

映画「バベル (Babel)」 …ネタバレあるかも

BABEL
このタイトルの“バベル”とは旧約聖書の「創世記」に出てくる名で、天(神)まで届きそうな塔を建てようとした人間の傲慢さが神の怒りに触れてしまい塔は破壊され、人間がこの様に傲慢になったのは人類が殖えすぎた為だと考えた神は(この時はまだ人類は一言語の統一された人類だった)人類を多言語他民族に分裂させるといった試練を人類に与えた。という簡単に言えばそういうお話なのだけど、この映画「バベル」は、まさにそのバベルの塔のお話が背景にあるので、このあたりの知識があるかないかで映画の理解度が全然違ってくる。
アメリカ、メキシコ、東京、モロッコを舞台にほんの些細な行為が予測不能な災難を引き起こしていくのだが、同じ人間でありながら、悲しい程に歯車がかみ合わない人間の愚かさとその愚かさがもたらす結果というものに想いが足らないもどかしさが、演技巧者の出演者達によって見事に表現されていてる。てらった感じが微塵もなく、ドキュメント的な手法を駆使しながら場面場面のテンションを統一しストーリーテーリングさせていく監督の手腕と編集レベルの高さは感動的でアレハンドロ=ゴンサレス・イニャリトゥやはり恐るべし。
アカデミー助演女優賞にノミネートされた菊地凛子は評判通りの存在感で、あれは彼女の演技の素晴らしさを観たというよりは彼女のド根性を魅せつけられたといった感じ。評価された理由が良く分かる。
ちょっとミーハーな感想を付け加えると個人的にファンであるケイト・ブランシェットが存在感では菊地凛子に及ばないものの、実力の高さを存分に発揮していたのが嬉しかった。美しさも演技力も相変わらずピカイチ。

この作品を観たから改めて思うワケではないけど、周辺の人との繋がり方をいま一度立ち止まって見つめ直してみるのも良いかも知れない。それで何かが変わるワケではないけど、今まで見えてなかった他者の横顔が見えてくるかもしれないから。

2007年03月28日

映画「ホリデイ」

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ナンシーメイヤーズ監督は女性を活き活きと描くのが本当に上手い。乙女心と現実感覚との間で揺れ動く女性の内面をさりげなくも綿密に丁寧に表現している。この辺りはさすが女性監督ならではの手腕といったところかもしれない。主演のキャメロン・ディアス、ジャック・ブラックはアメリカ人、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウはイギリス人、ロスとロンドン郊外の田舎を舞台にライフスタイルや人間関係の違いをとてもテンポ良くユニークに描いているが決してコミカル過ぎず上手く話が進んでいく。
ロードショー公開直後なのでネタバレを避けるが、見終わった後、とても爽やかで温かい気持ちになる良い恋愛映画だった。たまには良いねぇ…出てくる人がみんなチャーミングで良い人ばかりの映画も。

映画『ホリデイ』公式サイト

2007年03月09日

映画「ブロークン・フラワーズ」

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劇場公開の時、うっかり観逃してしまったジム・ジャームッシュ監督の新作。
ストーリーはアマゾンから引用させて頂く。

昔は、多くの女性と恋愛を楽しんだ元プレイボーイのドン・ジョンストンは、中年となった現在も勝手気ままな独身生活を送る。 そんなドンに恋人のシェリーも愛想を尽かし、ドンから出ていった。そこへ、差出人不明の謎のピンクの手紙が届く。便せんには"あなたと別れて20年、あなたの息子はもうすぐ19歳になります"と書かれていた。それを聞いた親友のウィンストンは、お節介にもドンが当時付き合っていた女性たちを訪ねて回る旅を段取りしてしまう。そして、気乗りのしないドンを強引に息子探しの旅へと送り出すのだった。

淡々と元カノジョ達との再会を繰り返し恐る恐る子供の事を聞き出そうとするビル・マーレィから溢れ出る若枯れ感が同じ男としてなんとも切なくて愛おしい。やはりこの感覚は同性だからこそなのだろうか?男は大抵、恋愛を繰り返し別れを重ねても「しくじったりしてない」と思っているものだが、往々にして、それは大きな思い違いか大ミスである事に気付かされる事がある。まさに“愚かなリ我が恋”といったところだ。
この物語は男にとってはちょっとほろ苦いけど、心のどこかでは憧れてるロマンチックな物語だ。こういう意外と厄介でちっぽけな出来事にフワッと夢見るようなところが男にはあるから、現実社会にアジャストするのに疲れた時など独りでヒッソリ観ると一層良い。
結局、何も見付けられないし、何も分からない。この先どうなるかも分からないまま。でもそれこそが男と女の関係だろう。ただ淡々としてるだけ。

ところで、この様な出来事が私自身に起きたら自分ならどうするだろうか?と考えたが…やっぱり私も旅に出てしまうだろうなと思う。

映画のオープニングとエンディングに流れるHolly Golightly & The Greenhornesの「There Is an End」といい、劇中流れたMarvin Gayeの「I Want You」というベタな選曲がメランコリックな心情とマッチしていて相変わらず、さすがのジャームッシュ。ちょっと「ダウン・バイ・ロー」とトム・ウェイツが恋しくなってきた。

2007年03月02日

偉大な俳優

三船敏郎&鶴田浩二
昨年末から黒澤明の映画作品をゆっくりと観返してきたが、その殆どで主演をしている三船敏郎がつくづく良い。“世界のミフネ”として外国映画にも数多く出演している人だが、必ずといってよい程「黒澤明に気に入られたからこその名声だ」というような事も言われるが、(もちろんその指摘も間違ってはいないが…)それだけではない。いかに黒澤明といえど三船敏郎という金の卵と出会わなかったら今ある黒澤映画とは大分違う展開を余儀なくされていた事だろう。大体が名監督と名優のコンビが誕生するからその作品がレジェンドになるワケで…J・スチュアートだってヒッチコックと多くコンビを組んだし、アル・パチーノとコッポラ、デ・ニーロもスコセッシ、比較的に近年だとルーカス&ハリソン・フォード・コンビも同様だ。
三船敏郎は堂々とした小細工しないオーソドックスな芝居をするので、一本調子に見えてしまいがちだが、表情と身のこなしで完璧な表現をしている事がちゃんと観てればすぐ分かる。もちろん「監督の演出が素晴らしいからこその役者が輝くのだ」と、言われればそれまでだが、その監督の高すぎる期待に応え続けた三船の凄さ。それに三船は身体的にも素晴らしい。有名なエピソードだけど映画「用心棒」での殺陣で彼の振り回す刀のスピードがあまりに速い為に撮影フィルムのコマに剣先が映ってなくてフィルム編集時に困ったという話があるし、「隠し砦の三悪人」劇中で猛スピードで走る裸馬の上で両手を手綱から離し刀を上段の構えで平行しながら騎馬武者と戦うなんてシーンも見事にやってのけている。猛々しいイメージばかりが強調されるが彼の演じ方にはちゃんとユーモアも含まれているし、何よりも台詞のない顔アップだけで画面がもってしまう存在感が無条件に素晴らしい。これほどの俳優を今の時代に見つけ