2006年11月27日
茶気という言葉
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最近久しぶりに耳にした言葉がある。「茶気」という言葉だ。普段あまり使われないこの言葉を一体どこで私は知ったのか…意味と使い方は知っているのだがどこでこの言葉を聞き及んだか思い出せない。そういうのは誰にでもあると事と思う。ああ、歳取るたびに瞬発力が失われる…30代前半でこの有様とは我ながら情けないが、そんな気持ち悪い日々が数日続いた。
少し逸れるが、「茶気」という言葉は「誰々~は茶気がない」とか「茶気がある」と言う風に使う。お茶目とか、茶目っ気とかそういう意味だ。ちなみに私に対して使うならば「茶気がありすぎる」というのが正解だろう。これは決して褒め言葉ではない。
話を戻して、さてこの言葉をどこで知るに至ったのか?実はあっさり解決してしまった。
今年は岡倉天心の「茶の本」出版100周年記念の年で久しぶりに手にした「茶の本」の冒頭に出てきた。「あ~~これだ!」これで一件落着。
この「茶気」という言葉が出てくる「茶の本」とは、簡単に説明すると東洋(日本)の茶の文化を西洋に紹介した本で、欧州でも当時ベストセラーになった本。ともすると難解な本と思われるが、とても明快で読みやすい本だと思う。
著者の岡倉天心は私より110年早く横浜に生まれた偉大な美術家であり思想家で、日本美術を西洋にいち早く紹介した人物でもある。当時のあまりに性急な欧米化に対して警鐘を鳴らし、真の日本(東洋)文化、芸術、思想を追求し続けた天心の哲学は100年以上たった今日でも充分リアリティを持っている。彼の見ていた地平には東洋西洋の垣根を越えた文化の創生というものが映っていたのではないだろうか。そういうダイナミズムを持つには今日は難しい時代だと思うが、こういうカオス時代だからこそ必要な覇気ではないか。
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- by Phantom
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ある行きつけのカフェの店主に「今度、新しいコーヒー出そうと思ってるので、試飲して意見聞かせて。」と言われた事があった。その時はちゃんと試飲し、意見も言って新たにメニューに加えるのに問題無い。という事になったのだが、それから少し経ったある日、ふと試飲した事を思い出した私はその店主に「そーいえば例のコーヒーはどうしたの?」と聞くと店主曰く「オーダーした豆は同じなのにこの間の時と味が全然違うの」と言う。もう一度試飲させてもらったが確かに味がこの間と全然違う。店主が言うには、オーダー間違えとか手違いではないし、卸問屋にも確認したと言う。
